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アライナーを使った不適切な矯正歯科治療が増えている


不適切な矯正歯科治療を防ぐには?

アライナーを使った
不適切な矯正歯科治療が増えている

 

■装置が目立たない反面、留意すべき点があるアライナー
最近、厚生労働省や消費者庁、国民生活センターなどに寄せられる矯正歯科関連の相談の中で、カスタムメイドのアライナー型矯正装置(以下、アライナー)を用いた不適切な矯正歯科治療に関する苦情が増加しています。

このセミナーはそうした事態に警鐘を鳴らす意味で開催されました。
主催した公益社団法人日本臨床矯正歯科医会(以下、矯正歯科医会)の会長・稲毛滋自先生は、次のように話します。

稲毛滋自先生
「アライナーを用いた矯正歯科治療による相談は、本会が2004年から公式ホームページ内で行っている『矯正歯科何でも相談』にも多数寄せられています。その内容は、『7年経っても治らない』、『追加料金を請求された』など様々です。そこで当会ではその実態を調べるため、会員である矯正歯科医を対象にアンケート調査を実施しました」

「その結果、回答者の3人に一人が、他院でアライナーを用いた矯正歯科治療をしている患者さんからの相談を受けていることがわかりました。こうした中、我々矯正歯科医は、アライナーによる安易な治療で患者さんが不利益をこうむることのないよう、問題点を明確にしたいと思っております」

 

アンケート調査の結果については後ほどご紹介するとして、まずはアライナーとはどのようなものかをご説明しましょう。

アライナーとは、患者さんの口腔内石こう模型や口腔内の3Dスキャニングデータを用いて作成した透明のマウスピース状の装置のこと。そして、アライナーを用いた矯正歯科治療とは、そのアライナーを決められた順番通りに装着し、歯を動かしていく治療法のことをいいます。
アライナー
稲毛先生いわく
「一般的なマルチブラケット法(用語解説①)に対して目立ちにくく、必要に応じて装置の着脱ができることから希望する患者さんが増えているのですが、その一方でアライナーを用いた矯正歯科治療には次のような留意点があるのです」


アライナーを用いた矯正歯科治療の留意点

●効果は装着時間に影響される
●適応症例が限られる
●歯の根もと部分についての情報が欠けている
●咬み合わせ面を覆う形態のため、奥歯が圧下される場合もある
●保険診療には使用できない

用語解説① マルチブラケット法とは?
マルチブラケット法
歯の表面に一つずつブラケットという器具を貼り付け、その溝にアーチワイヤーを通して3次元的に歯を動かす治療法のこと。矯正歯科治療ではもっともよく使われる。

 

■アライナーが適応するのは、軽微な症例のみ
稲毛先生の解説を踏まえながら、留意点の中身をみていきましょう。
●効果は装着時間に影響される
→治療の成果が、患者さんの協力度に大きく左右される

「食事のときなどに外せるというアライナーのメリットは、食後、速やかに歯を磨き、一日20時間以上装着しなければ、歯の動きが遅くなるというデメリットにつながります。要は、治療の成果が患者さんの協力度に大きく左右されるということです」

●適応症例が限られる
→歯の移動が大きい症例などには不向き

「マルチブラケットを使った矯正歯科治療では、大きく動かす歯と動かさない歯を厳密に分け、動かさない歯を固定源にして、動かすべき歯に矯正力をかけていきます。しかし、すべての歯にかぶせて使うアライナーを用いた矯正歯科治療では、動かす部分とそうでない部分を明確につくることが難しく、大きく動かす必要がある症例では目指すゴールに辿りつくことができません」
「そのため、八重歯が目立つような乱ぐい歯や、著しく前歯が前突しているような歯の大きな移動が必要となる症例、さらにはねじれた歯を大きな回転させたり、伸びた歯を押し込んだりする必要がある症例、骨格的なずれが大きい症例などには、アライナーを使った治療は不向きです。同様に、乳歯列期や混合歯列期の成長予測が難しい症例にも適合しません」

アライナーを用いた治療に不適合
このように、歯を大きく動かす必要のある症例は、アライナーを用いた矯正歯科治療に不適合。

●歯の根もと部分についての情報が欠けている
→歯根から動かさなければ意味がない

「歯は、歯根(歯茎に隠れた見えない部分の歯)から歯冠(歯茎の上の見える部分の歯)が曲がっていたり、歯が萌出せずに歯茎の中に埋伏していたりするケースなどが往々にしてあります。つまり、いくら歯を動かそうとしても、歯根部の状態を見ていなければ、うまくいかないことがあるのです」
「こうしたことのないよう、矯正歯科医は単に見えている部分の歯を並べるのではなく、各種精密検査によって歯根部はもちろん、上下のあごの大きさや形、ずれなどを見据えて、その人にふさわしい安定した咬み合わせに整えていきます。一方、アライナーを用いた不適切な治療は、歯冠部だけを見て歯を並べようとしているため、様々な問題が起こってしまうのです」

●咬み合わせ面を覆う形態のため、奥歯が圧下される場合も
→顎関節に影響が出ることもある

「要するに、アライナーは奥歯の咬み合わせの面まで覆ってしまうため、歯を噛みしめたとき、奥歯のあたりが強くなり、噛みしめが強い方の場合はあごの関節に症状が出る可能性がある、ということです」

●保険診療には使用できない
→本来、保険が適用できる場合でも自費診療となる

「そもそも、アライナーは日本の薬機法(用語解説②)で未承認の装置です。そのため、矯正歯科治療で健康保険が適用される先天性疾患をおもちの方や顎変形症の方であっても、アライナーを用いた矯正歯科治療を行う場合は保険適応になりません。また、医薬品副作用被害者救済制度の対象外とのことです」

用語解説② 薬機法とは?
「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」の略称。平成26年11月の薬事法の改正に伴い、名称が改められました。

 

これらの留意点をみると、アライナーでの治療が向くかどうかを見極めること自体、かなりの経験を要することのようです。では、こうした留意点のあるアライナー矯正によって、どのような問題が起きているのでしょうか。
次のページで具体的に確認していきましょう。

★次のページでは、アライナーを用いた不適切な治療の事例についてご紹介!

アライナーを用いた不適切な治療とは?

アライナーを用いた不適切な治療とは?

■4年間アライナーのみで治療をして咬み合わせが悪化したAさんのケース
ここからは、アライナーを用いた不適切な治療について、具体的にみていきましょう。

Aさんがアライナーを用いた治療を始めたのは、2012年6月のこと。
咬み合わせの状態は、上の前歯が前方に突出し、下の前歯が舌側に倒れこんでいました。一般歯科医のもとでアライナーを用いた治療を続け、約4年後の2016年2月に治療経過に疑問を感じ、治療を中止しました。

●治療前 2012年6月
治療前

●アライナーを用いた矯正歯科治療後 2016年2月
矯正後
写真を見てわかるとおり、咬み合わせは治療前よりもひどくなってしまいました。
具体的には、奥歯の咬合面(ものを咬む面)の傾きが以前より大きくなり、治療前の段階よりも咬めなくなり、横側から見ると上下の奥歯に隙間が空いてしまっています。

従来のマルチブラケット法と異なり、アライナーによる治療は、歯が斜めに傾きながら移動することが多く、Aさんの場合も、下あごの第一大臼歯(後ろから2番目の歯)と第二大臼歯(一番後ろの歯)が著しく前に傾きながら移動したことが原因だと思われます。

アライナーを用いた矯正歯科治療によって奥歯の傾きが大きくなった
アライナー矯正によって奥歯の傾きが大きくなった

若山満教 弁護士からの提供資料を改変

■マルチブラケットを併用した治療で完治したBさんのケース

では、Aさんと似た咬み合わせの方さんが、従来のマルチブラケット法で治療をすると、どのような結果になるでしょうか。矯正歯科医会所属の矯正歯科医から提供された、Bさんの画像をもとにご説明しましょう。

●Bさん初診時 1999年12月
治療前、Bさんの咬合は上の前歯が前方に突出し、下の前歯が奥に倒れたりねじれたりしていました。比較すると、Aさんよりも不正咬合の度合いが高いといえます。
Bさん初診時

●Bさん動的治療の終了時 2003年11月
Bさんがマルチブラケットをつけて動的治療を受けた期間は約3年間。
治療後は前歯から奥歯までしっかりと上下の歯が咬み合い、安定した歯列となっています。
Bさん動的治療の終了時


知っておきたい、よい咬み合わせの5つの基準

咬み合わせに問題がないかどうかは、日常生活の中で判断ができます。
食事中や歯磨きのときなどに、確認しておきましょう。


1.上下の歯並びがおおらかなU字型である
2.上下の歯並びの中心線が一致している
3.前歯でサンドウィッチや麺類がすっと咬み切れる
4.犬歯から奥の歯が上あごの歯1本に対して、下あごの歯2本の割合で隙間なく咬み合っている
5.サイコロ状の肉を左右の奥歯でしっかりと噛める

よい咬み合わせ

★次のページでは、アライナーの適切な使用法についてご紹介!

矯正歯科医ならアライナーをどのように用いるか?

矯正歯科医ならアライナーを
どのように用いるか?

■上下顎左右側第一小臼歯を抜歯し
 インビザライン+マルチブラケット法を用いた治療した症例

前出の稲毛先生は、アライナーを使った治療がよくないというのではなく、大切なのは使い方だと強調します。
つまり、歯の移動量が少なく、骨格的なずれや歯根部の問題などがない患者さんに対して、十分な精密検査を行ったうえで使用するのは問題ないのです。

「ただし、矯正歯科の専門教育を受け、専門的知識と技術をもち、かつ臨床経験を積んだ矯正歯科医は、十分な精査と診断に基づき、最終的な治療のゴールを見据えたうえで、数ある装置の中から治療に最適だと考えられるものを選定します。つまり、すべての症状に対して単一の装置を用いることはありません」と稲毛先生。

たとえ患者さんがアライナーを強く希望しても、その方法だけでは治療目的が達成できない可能性があること、そしてその場合に備えて代替治療が必要になることを事前に伝えておくこと、それが信頼できる矯正歯科医だというわけです。

次にご紹介するのは、矯正歯科医が患者さんに上記のような説明を経たうえで、マルチブラケット法を併用してアライナー治療を行ったCさんのケースです。

●治療前 2009年8月
治療前
治療前の歯並びは上下ともに歯のデコボコが目立ち、Cさんはアライナーを使って横からの見栄えをよくしたいという希望をもっていました。しかし、主治医である矯正歯科医は、アライナーによる治療ではそこまでの大きな変化は無理だということを伝え、それでもというCさんの希望に沿って、限定的にアライナーを選択しました。

●治療中 2011年5月
治療中
Cさんの場合、治療の最終段階では下あごの歯全体と上あごの前歯の部分にアライナーを使用し、上あごの奥歯にはブラケットを装着しました。その理由は、奥歯の咬み合わせをよりしっかりとするため。上あごは通常のブラケットを選択し、下あごについているアライナーのアタッチメント(用語解説③)を矯正用のゴムで下方に引っ張りながら、奥歯の咬み合わせを調整していきました。

用語解説③ アタッチメントとは?
アライナーを用いる際、歯に張り付ける、白くて小さいプラスチック素材。アタッチメントを貼り付けた上からアライナーをかぶせることで、アタッチメントの部分に力が加わり、歯を動かしやすくする。
アタッチメント

●治療後 2011年10月
治療後
こうして進んでいったCさんの矯正歯科治療。治療開始から約2年で、すっきりとした機能的な咬み合わせとなりました。

【まとめ】


1. アライナーには推奨される症例と、推奨されない症例がある
2. アライナーが推奨される症例かどうかは、矯正歯科の専門教育を受け、専門的知識・技術を持ち、
  かつ臨床経験を積んだ矯正歯科医の十分な精査・診断が必須である
3. アライナーを用いた矯正歯科治療で治療目標が達成できない場合は、マルチブラケットを用いた
  矯正歯科治療などによる代替治療が必要となる

参考:矯正歯科医会のアンケート調査の結果から、
アライナーを用いた矯正歯科治療の問題点が浮かび上がります!

矯正歯科医会が2018年8月、アライナーを用いた矯正歯科治療の実態を把握するために全国にいる矯正歯科医会の会員(矯正歯科専門開業医)を対象に実施したアンケート調査の結果です。

*治療対象期間:2017年7月~2018年6月
*回答数:420名中139人

●アライナーを用いた矯正歯科治療に不満を抱いて転医や相談に来た患者さんの有無は?
回答した矯正歯科医の3人に1人が、他院で実施されたアライナーを用いた矯正歯科治療に不満を抱いた患者さんから転医や相談を受けていることがわかりました。
グラフ1

●他院で行ったアライナーを用いた矯正歯科治療の不適切だと思われる点は?
相談を受けた矯正歯科医の約半数が治療費を高いと感じ、約7割の会員が治療期間について不適切だと感じていました。
グラフ2

●前歯科医院で治療を担当したのは、どのような勤務形態の歯科医師か?
相談の背景には、矯正歯科に関する専門的な学問知識や臨床経験を持たない一般歯科医が治療にあたるケースが多いことや、非常勤矯正歯科医が限られた時間内で治療を担当するなど、診療態勢が整っていないことが挙げられました。
グラフ3

★次のページでは、アライナーを用いた矯正歯科治療を安心して受けるためのチェックポイントをご紹介!

アライナーを用いた矯正歯科治療を 受けるチェックポイント12

アライナーを用いた矯正歯科治療を
受けるチェックポイント12

■12のチェックポイントを活用しましょう

アライナーを用いた矯正歯科治療を希望する方が安心して治療を受けることができるよう、矯正歯科医会では12項目のチェックポイントをまとめています。ぜひお役立てください。

●医療機関選択のチェックポイント
☐ 常勤の矯正歯科医が在籍していますか?
☐ セファログラム撮影装置(用語解説④)が設置されていますか?
☐ 口腔内診査、顎口腔機能検査、模型分析、セファログラムの分析などを実施した後に
  治療を担当する矯正歯科医自身が診断をしていますか?
☐ 治療を担当する矯正歯科医が治療計画、治療費用について詳細に説明をしていますか?
☐ 治療を担当する矯正歯科医が、治療を中止したり転医したりする場合の治療費の精算などについて
  説明がありますか?
☐ 治療を担当する矯正歯科医が、アライナーが推奨される症例か推奨されない症例なのかを鑑別し、
  説明していますか?
☐ 治療を担当する矯正歯科医が、アライナーの治療で十分な結果が得られなかった場合、
  代替え治療法について説明していますか?

●患者さん自身のチェックポイント
☐ アライナーは国内外で製作されたものを問わず、
  日本国の薬機法上の医療機器には該当しないことを知っていますか?
☐ 歯科医師がアライナーを用いて治療する場合には、診断、治療計画、アライナーの設計等について
  矯正歯科学的な専門的知識が必要であること知っていますか?
☐ アライナーの適用には推奨される症例と推奨されない症例があることを知っていますか?
☐ アライナーによる治療の結果は、アライナーの装着時間(推奨される装着時間は1日20時間以上)に
  左右されることを理解していますか?
☐ 治療を担当する歯科医師はアライナーの治療で十分な結果が得られなかった場合、治療目標を
  達成するためにマルチブラケット法による追加の治療が必要となることを理解していますか?

用語解説④ セファログラム撮影装置とは?
セファログラム撮影装置
頭部エックス線規格写真のことで、矯正歯科治療の精密検査では必須のもの。この画像から、上下のあごの大きさや形、ずれ、前歯の傾き、顔のバランスなどがわかる。セファログラムを分析して歯並びや咬み合わせが悪い原因をつきとめ、その上で使用装置の種類や抜歯の有無など、一人ひとりの患者さんに合った治療計画を立てていく。

いかがでしたか?
時間と費用と手間をかけて受ける矯正歯科治療。
よりよい結果につなげるためにも、単に装置が目立ちにくいから、外したいときに外せるからといった理由だけではなく、自分の口腔内の状態にふさわしい治療法を、矯正歯科医と相談しながら決めたいものですね。
この記事が、矯正歯科治療を考えている方のお役に立てればうれしく思います。