トレンドウォッチ:本会の活動・ニュース|質の高い矯正治療と安心の提供に努める矯正歯科専門の開業医団体「日本臨床矯正歯科医会」

トレンドウォッチ

歯を抜かない(非抜歯)矯正歯科治療の現状と課題

公益社団法人 日本臨床矯正歯科医会は、2019年3月28日、東京・大手町で報道関係者を対象に「春の矯正歯科プレスセミナー」を開催しました。テーマは「矯正歯科治療における抜歯・非抜歯に関するコンセンサス~患者の視点に立って実施した会員アンケート結果を基に~」。その内容をご紹介しましょう。(記事作成 2019年12月20日)取材・文:冨部志保子(編集・ライター)

無理な非抜歯矯正歯科治療が、
歯やハグキにダメージを与える!

あごのスペースに歯が並びきらない場合がある

電車内の広告や書籍などで「歯を抜かずに歯並びを整える」ことをアピールしている歯科があります。歯を抜かずに安定した咬み合わせをつくることができるなら、それにこしたことはありません。しかし、矯正歯科の専門開業医は、すべての患者さんに対して“非抜歯で治療できる”などとは決していえないと口を揃えます。

矯正歯科専門開業医の団体である公益社団法人 日本臨床矯正歯科医会(以下、矯正歯科医会)会長の稲毛滋自氏は、こう話します。

矯正歯科医会会長稲毛滋自
矯正歯科医会会長
稲毛滋自

「なぜすべての人に非抜歯で治療できないかというと、あごのスペースより歯の幅が大きい場合、非抜歯にこだわると、歯の傾斜を大きくして無理やり歯を並べるしかなくなります。その結果、歯が外側に飛び出し、口を閉じても口もとが出てしまったりします。そうなると、しっかりと噛めないばかりか、歯の寿命も短くなってしまうのです」また、無理な非抜歯矯正歯科治療によって、治療後に歯がもとの位置に戻ろうとする「後戻り」が起きやすくなるほか、咬み合わせたときに一部の歯に過剰な負担がかかり、炎症が起きたり、歯周病のリスクが高まったりと、歯やハグキにも問題が及ぶことにもつながります。

非抜歯矯正歯科治療での相談が増加中

「当会では、2004年3月より公式ホームページ内に『矯正歯科何でも相談』という無料相談窓口を開設していますが、そこには他の歯科医院で非抜歯による矯正歯科治療をはじめた患者さんから、『以前より口もとが出てしまった』『前歯で噛めなくなってしまった』といった相談が毎月複数件、寄せられています。そして、その件数は増加傾向にあるのが現状です」

COLUMN「矯正歯科何でも相談」とは?

矯正歯科治療に関する疑問や困っていることなどを投稿形式で無料相談できる窓口のこと。寄せられた相談には同会の社会医療委員会が回答しています。また、過去の質問と回答は2年に一度、「白書」としてまとめ、同会の会員宛てに配布し、組織内での情報共有を図っています。くわしくはこちら。

矯正歯科何でも相談」に寄せられた、非抜歯での矯正歯科治療に関する相談の一部を、個人が特定できない形でご紹介しましょう。

COLUMN「矯正歯科何でも相談」より

case01治療の結果に満足できない(30代女性)

非抜歯で矯正歯科治療をはじめて2年ほどです。先日、先生から「あなたが満足ならこれで治療は終わりです」といわれましたが、正直いって、かなりの出っ歯から普通の出っ歯になったくらいの変化なので、仕上がりには満足していません。しかし、これ以上、治すなら歯をもっと削らないといけないといわれ、怖くなり、歯並びは諦めることにしました。でも、咬み合わせが合っておらず、合わせるためには下のあごを少し前に出して噛まなくてはいけません。(中略)このような治療法は当たり前なのでしょうか?

case02治非抜歯で矯正して口もとが出てしまった(18歳男性)

前歯が出っ歯ぎみだったため、小学生の頃に顎を広げる装置をつけて、高校生になってから非抜歯でワイヤー矯正を1年9か月しました。結果、口もとが前に出てしまい、矯正したことをとても後悔しています。矯正しないほうがよかったと思っています。このまま保定装置をつけなければ、もとに戻りますか?(後略)

「これらはご本人にとって非常に切実な問題です。本来、矯正歯科治療とはよく噛める機能的な咬み合わせをつくるために行うもの。Case01のように、咬み合わせるために下あごを前に出さねばならない治療などあり得ません」
「また、成長期の子どもの場合、上あごは床(しょう)矯正といわれる装置をつけることで、ある程度、歯列を広げることはできても、あごそのものは広がりません。また、下あごは骨の構造的に上あごほど歯列を拡大することは不可能です」

矯正歯科治療をしても、あごは広がらない

稲毛会長がいうように、矯正歯科治療であごが広がらないことは、すでに国内外の研究者が論文で報告している事実。また、成長期の歯列拡大にも限度があるため、その後に行う本格的な矯正歯科治療が必ず非抜歯でできる、というわけではありません。
それなのに、なぜ非抜歯の矯正歯科治療が行われているのでしょうか?
そこには、できることなら歯を抜きたくないという患者さんの心理をもとに、矯正歯科の専門ではない歯科医が、経験不足のまま治療するケースが多いことが挙げられます。
こうした状況に警鐘を鳴らすため、矯正歯科医会では全国の会員439名(2013年当時)に対して、「不適切な非抜歯矯正歯科治療」に関するアンケート調査を行いました。

ここから先は、その調査結果を踏まえてご紹介していきましょう。

非抜歯矯正歯科治療への不満トップ3は
「咬合」「顔貌」「歯列」

会員に向けたアンケート調査より(※)

※2013年2月6・7日に開催された「第40回日本臨床矯正歯科医会記念東京大会」前に実施。正会員439名中約62.2%にあたる273名が回答。

Q.2012年の1年間で、前歯科医による「不適切な非抜歯矯正歯科治療」を受け、自身の治療経過や結果に不満(疑問、心配など)を抱いて来院した患者さんはいるか?

Q.2012年の1年間で、前歯科医による「不適切な非抜歯矯正歯科治療」を受け、自身の治療経過や結果に不満(疑問、心配など)を抱いて来院した患者さんはいるか?
回答者の8割以上が、他の歯科医院で「不適切な非抜歯矯正歯科治療」を受け、インフォームドコンセントや再治療で訪れた患者さんがいると回答。その患者さんの約6割が成人で、「咬合(咬み合わせ)」「顔貌(顔つき)」「歯列(歯並び)」に大きな不満(疑問や心配)を抱えていました。

3つの事例でみる非抜歯矯正歯科治療の現状

上記のような悩みを抱えた患者さんの事例を絞ってご紹介します。

事例① 咬合に不満を持つBさんの場合

前歯科医のもとで部分的に矯正歯科治療をしたところ、Bさんは食事などで歯を咬み合わせると、顎関節が痛むようになりました。そこで、この状態を改善するため、治療前の口もとの写真を持って会員診療所を訪ねました。その写真を見ると、下の前歯に多少デコボコがあり、その部分にのみ矯正装置をつけ、部分矯正をしたことがわかりました。しかし、非抜歯治療でデコボコだけを解消したために歯列が広がり、本来、咬み合っていた上下の歯が咬み合わなくなり、さらには奥歯の咬み合わせも狂って顎関節に負荷がかかり、痛むようになってしまったのです。

− 初診時 16歳7か月
初診時 16歳7か月

Bさんも、Aさん同様、一見すると整った歯並びに見えますが、歯を並べるスペースに対して歯の幅が大きすぎて、バランスが取れていません。そこで上下左右の第一小臼歯(いずれも前から4番目の歯)を計4本抜き、すべての歯に矯正装置をつけて動的治療を行ったところ、咬み合わせが安定し、顎関節の痛みがなくなりました。
なお、この治療によって顔貌が改善したのも大きなポイントです。初診時は口の閉じづらさからあごに梅干しのようなシワが寄っていましたが、適切な治療によって口を楽に閉じられるようになり、そのシワがなくなりました。

− 動的治療(3年3か月)終了後
動的治療(3年3か月)終了後

事例② 顔貌に不満を持つAさんの場合

Aさんは、前歯科医のもとで非抜歯による矯正歯科治療を受け、一見きれいな歯並びに見えるものの、前歯が突出し、前歯で食べものを噛み切ることができませんでした。そして、その影響がハグキにも現れており、何とかしたいと会員診療所を訪れたときは、ハグキに不自然なゴツゴツや盛り上がりがみられました。この状態が長く続くと、さらにダメージが大きくなり、歯周病などのリスクが高まってしまいます。

− 初診時 13歳5か月
初診時 13歳5か月

そこで、上下左右の第一小臼歯(いずれも前から4番目の歯)を計4本抜き、3年4か月、矯正装置をつけて動的治療をした結果、しっかりと咬み合う安定した歯列となりました。

− 動的治療(2年5か月)終了後
動的治療(2年5か月)終了後

事例③ 歯列に不満を持つCさんの場合

20代の頃、非抜歯矯正歯科治療を受けたCさんは、治療後、口の中の違和感に悩まされてきました。口を大きく開けると耳が詰まった感じがする、話したり笑ったりすると前歯に下唇がひっかかる、顎に異音がするなど、治療前にはなかった症状が表れるようになったのです。しかし、主治医に相談しても取り合ってもらえず、抜歯をしての矯正歯科治療は医療行為ではないといわれ、しかたなく治療を続けていると、やがて歯から膿が出て、下あごの左右の歯が歯髄壊死してしまいました。
Cさんによると、非抜歯による治療をしたのは矯正歯科単科専門開業医ではなく、認定医などの資格も有していなかったとのことです。

− 初診時 16歳7か月
初診時 16歳7か月

状態を詳しく診るために歯科用CT(コーンビームCT)で撮影したところ、下あご右側の第一小臼歯と、下あご左側の第二小臼歯の歯根が歯槽骨(しそうこつ)から飛び出していることがわかりました。このまま放置すれば、やがてハグキから歯が抜け落ちてしまいます。

そこで、会員診療所で歯の移動を予測するミシュレーション模型をつくり、治療計画についてCさんにしっかりと説明を行いました。

− 会員診療所での各種検査
会員診療所での各種検査

そのうえで、右側の上下の第一小臼歯床と左側の上下の第二小臼歯を抜歯し、矯正装置をつけて動的治療を行いました。一般的な矯正歯科治療よりも時間はかかりましたが、終了後は違和感や異音のない、安定した咬み合わせとなりました。

− 動的治療(4年3か月)終了後
− 動的治療(4年3か月)終了後

抜歯・非抜歯の判断は、すぐにはできない

このように矯正歯科単科専門開業医のもとでは再治療を行うことで不適切な非抜歯による矯正歯科治療の改善を図りますが、それをするには期間、費用など患者さんの負担が大きくなってしまいます。そこで大切になるのが、患者さん自身も矯正歯科治療についての正しい知識を持つことです。

例えば、矯正歯科を専門とする診療所では、下図のように、問診、精密検査、検査結果の分析、診断、治療計画の立案といった段階を踏み、本当に歯を抜かずに治療できるかどうかを判断します。そのため、非抜歯をすぐに提案してくる歯科医院は、矯正歯科治療の経験が浅い可能性があると捉えてもよいでしょう。

矯正歯科で治療計画が決まるまでの流れ

矯正歯科で治療計画が決まるまでの流れ

矯正歯科治療の最終目的は、しっかりと噛むこと。くれぐれも安易な喧伝に惑わされないようにしましょう。なお、矯正歯科医会では不適切な非抜歯による矯正歯科治療を防ぎ、安心して治療を受けてもらうために、「6つの指針」を提言しています。

ぜひ、治療先を選ぶ際の参考にしてみてください。

COLUMN安心して治療を受けるための6つの指針

① 頭部X線規格写真(セファロ)検査をしている
② 精密検査を実施し、それを分析・診断した上で治療をしている
③ 治療計画、治療費用について詳細に説明をしている
④ 長い期間を要する治療中の転医、その際の治療精算まで説明をしている
⑤ 常勤の矯正歯科医がいる
⑥ 専門知識がある衛生士、スタッフがいる

全国の10代~60代vs.会員(矯正歯科医)へのアンケート結果からみる
抜歯・非抜歯、矯正歯科治療への意識とは?

最後に、全国の10代~60代の男女1500人の抜歯・非抜歯に関する意識調査※①と、矯正歯科医会に所属する矯正歯科医への調査※②の結果を合わせてご紹介します。※①2019年3月6日~8日、楽天インサイトによるインターネット調査。回答者の平均年齢は44.06歳。最年少は15歳、最高年齢は69歳。
※②2013年2月6・7日に開催された「第40回日本臨床矯正歯科医会記念東京大会」前に実施。正会員439名中約62.2%にあたる273名が回答。

全国の10代~60代の男女1500人の抜歯・非抜歯に関する意識調査より

Q1.歯を抜かないと治らない歯並びや咬み合わせがあることをご存じですか?

Q1.歯を抜かないと治らない歯並びや咬み合わせがあることをご存じですか?

Q2.無理に歯を抜かずに並べることで、歯の寿命が短くなる場合があることをご存じですか?

Q2.無理に歯を抜かずに並べることで、歯の寿命が短くなる場合があることをご存じですか?

Q3.歯を抜かないがために無理にあごを広げて歯を並べると、治療後の歯並びが安定しないことをご存じですか?

Q3.歯を抜かないがために無理にあごを広げて歯を並べると、治療後の歯並びが安定しないことをご存じですか?

Q4.歯を抜いて矯正歯科治療をすることで、口もとの突出感が改善できることをご存じですか?

Q4.歯を抜いて矯正歯科治療をすることで、口もとの突出感が改善できることをご存じですか?

矯正歯科治療のために歯を抜くことがあることを半数強の方が「知っている」と回答しました。
しかし、無理に歯を抜かずに並べると歯の寿命が短くなる場合があることや、歯を抜かないがために無理にあごを広げて歯を並べると治療後の歯並びが安定しないことについては、7割以上が認知していない状況です。

また、抜歯をして矯正歯科治療を行うことで口もとの突出感が改善できることの認知はわずか3割強と、矯正歯科治療に対する正しい情報の発信がまだまだ必要であることが浮き彫りになりました。

一方、矯正歯科医会の会員(単科専門開業医)のほとんどが、永久歯の抜歯・非抜歯のメリット・デメリットを治療前に説明していることが調査結果から見て取れます。

そして、約8割の矯正歯科医が患者さんの合意をもとに治療を行うと回答。その背景には、数年間におよぶ矯正歯科治療中は、毎月の通院や歯みがきなど、患者さんの協力が不可欠なため。必要な抜歯を患者さんが拒否した場合、両者の合意が得られるまで話し合い、治療方針を決定するという回答が過半数を占めるのも、それゆえのことです。

矯正歯科医会の会員(単科専門開業医)への調査より

Q1.永久歯の抜歯・非抜歯のメリットとデメリットを患者さんに説明していますか?

Q1.永久歯の抜歯・非抜歯のメリットとデメリットを患者さんに説明していますか?

Q2.永久歯の抜歯・非抜歯(親知らずを含む)を決めるのは誰ですか?

Q2.永久歯の抜歯・非抜歯(親知らずを含む)を決めるのは誰ですか?

Q3.患者さんが抜歯を拒否したい場合、どう対応しますか?

Q3.患者さんが抜歯を拒否したい場合、どう対応しますか?

大切なのは、患者さん本人が納得したうえで治療をはじめること。これから矯正歯科治療を受けたいと思っている方で、主治医から抜歯が必要だといわれたら、その説明をきちんと聞き、必要性を理解して治療をスタートさせましょう。安心して矯正歯科治療が受けられる診療所は、こちらからチェックを!