vol.36 マウスピース矯正を安心安全に受けるためのKey Point|トレンドウォッチ:本会の活動・ニュース|質の高い矯正治療と安心の提供に努める矯正歯科専門の開業医団体「日本臨床矯正歯科医会」

vol.36 マウスピース矯正を安心安全に受けるためのKey Point

2024年10月のプレスセミナーより マウスピース矯正を安心安全に受けるためのKey Point

矯正歯科専門開業医の全国組織である公益社団法人日本臨床矯正歯科医会(会長:陶山 肇)では、2024年11月28日(木)、メディア各社に向けて「マウスピース矯正を安心安全に受けるためのKey Point」と題したセミナーを開催しました。今回はその内容を踏まえ、「マウスピース矯正」の正しい知識と、安心して治療を受けるために知っておきたいことを解説します。(記事作成 2025年3月8日)取材・文:冨部志保子(編集・ライター)

マウスピース型装置を使用した
矯正歯科治療に関する相談事例が増加中

厚生労働省が2022年に発表した「平成29年・令和2年患者調査」によると、1日あたりの矯正歯科治療の初診患者数は、平成29年には800名だったのに対し、令和2年には2,900名と約3.6倍に増加。再来患者数も、平成29年には1日あたり17,500名だったのが、令和2年には31,400名と1.8倍に増えています。

こうした矯正歯科治療へのニーズの高まりの背景にあるのが、コロナ禍のマスク生活と目立ちにくい矯正装置の普及です。なかでも近年はマウスピース矯正*に注目が集まっています。

アライナー型矯正装置(マウスピース)
アライナー型矯正装置(マウスピース)

*ここでいうマウスピース矯正とは「アライナー型矯正装置を使用した矯正歯科治療」のことを指し、アライナーのことをマウスピースと呼称することといたします。

さて、このマウスピース矯正は、その名の通り、透明なマウスピース型の装置を使って歯を動かす治療法で、従来のように歯の表面(または裏面)にブラケットという矯正器具をつけ、そこにワイヤーを通して歯を動かす方法より簡便だといわれています。

その一方で、治療が患者さんの自己管理に委ねられていることや、適用できない症例があることなど、注意すべき点も多く、治療ニーズの高まりと同時に、術者の技術および知識不足による治療トラブルや治療契約に関する問題も増加しています。

講演する矯正歯科医会 副会長 佐藤國彦
講演する矯正歯科医会
副会長 佐藤國彦

実際、公益社団法人日本臨床矯正歯科医会(以下、矯正歯科医会)が公式ホームページ内に開設している無料オンライン相談「矯正歯科何でも相談」には、次のような相談が寄せられています。

コラム

マウスピース型矯正装置での
治療トラブル例
「矯正歯科何でも相談」
寄せられたご相談より~

  • 「最初に見せられた治療計画とはまったく違う歯並びになり、治療前より咬み合わせが悪化してしまった」
  • 「3年半マウスピース型装置で治療を受けているが、治療の進みが遅く、特にここ1年半はほとんど進んでいない気がする」
  • 「治療がうまく進まず、途中で歯を削られて痛むようになった」
  • 「治療するつもりはなかったのに、いつもの歯医者さんでマウスピース型装置での治療話が進んでしまい、キャンセルしようとしたら30万円のキャンセル料が必要といわれた」
  • 「転勤することになり転医を申し出たら、それはできないといわれた」

こうした現状を踏まえ、ここではマウスピース型装置を使用した矯正歯科治療について治療前に知っておきたいことをご紹介しましょう。

簡便さへの誤解に要注意!

マウスピース型装置を使用した矯正歯科治療に用いるマウスピースは、薄い板状の熱可塑性樹脂*を歯列模型に圧接して作製します。これは患者さんの歯型やX線画像、治療計画に基づいて作製したカスタムオーダーとなり、治療開始から終了までの各段階に合わせた複数のマウスピースを、1~2週間ごとに交換することで歯を徐々に移動させていきます。*加熱すると軟化し、冷却すると固化する性質を備えたプラスチックの一種。

マウスピース型装置を用いた矯正歯科治療は、患者さんにとって次のようなメリットがあります。

  1. 装置が目立たない
  2. 取り外しが可能
  3. 歯面へのダメージがない
  1. 痛みが少ない
  2. むし歯になりにくい

また治療する側にとっても、次のようなメリットがあります。

  1. ワイヤーベンディングの必要がない
  2. 歯の移動が比較的早い
  3. 模型を送るだけで装置が手に入る
  1. 診療時間が短い
  2. 多くの患者さんを診ることができ、経営効率がいい
講演する矯正歯科医会 学術理事 常盤 肇
講演する矯正歯科医会
学術理事 常盤 肇

治療する側のメリットの中にある「ワイヤーベンディング」とは、矯正歯科治療の進行とともに、細かい歯の移動のコントロールを行うためにワイヤーを屈曲させる技術をいいます。このワイヤーベンディングを正確に行うには、膨大な時間と訓練が必要となります。
マウスピース型装置を使用した矯正歯科治療は、難易度の高いワイヤーベンディングが不要であることから、一人の患者さんにかける診療時間が短くて済み、それが経営効率のよさにつながることが医療者サイドのメリットとなっているのです。

こうしたことからアメリカではマウスピース型装置を用いた矯正歯科治療がすでに主流となっており、本装置を扱うメーカーも数多く登場しています。そして同様に日本での治療ニーズも高まっている状況です。

しかし、現状この治療法にはいくつかの問題が浮き彫りになっています。

●問題1:安易に治療に手を出す一般歯科が増加

一般歯科医のもとには、コンサルテーション会社からマウスピース型装置を使用した矯正歯科治療を使って成約率アップをうたうDMが多数届きます。いずれも矯正歯科治療の臨床経験はなくても今日から安心安全に始められることが強調され、その言葉から安易にマウスピース型装置を使用した矯正歯科治療に手を出す一般歯科医が増えています。しかし、経験ゼロで果たして本当にうまくいくのでしょうか。

●問題2:早い・安い・簡単に潜む誤解

アメリカではコンシューマーダイレクトと呼ばれる、歯科医がほとんど介在しないマウスピース型装置を使用した矯正歯科治療が増加しています。日本でもそれを模したベンチャー企業が登場し、SNSやネットを通したマーケティング戦略により、若年層を中心に広まってきています。「最新のデジタル技術」を謳い、簡単・便利といった安易な広告の横行は、取り扱いを間違えれば大きな問題につながりかねません。

●問題3:医療広告ガイドラインを無視したネット広告の隆盛

矯正歯科の医療広告は、厚生労働省の医療広告ガイドラインに基づいて行う必要があります。医療広告ガイドラインでは、著名人との関連性を強調するなど、国民・患者に対してほかの医療機関より著しく優れているとの誤認を与えるおそれがある表現は、患者さんを不当に誘引するとして禁止されています。しかし、マウスピースを扱う企業の広告はそれらを無視し、治療費の安さや簡便さを強調したものが多く出回っています。

マルチブラケットとマウスピースでは、
歯の動き方が違う!

ここまで読んだ方は、「それならマウスピース型装置を使用した矯正歯科治療は避けたほうがいいのでは」と感じるかもしれません。しかし、そんなことはありません。
学会誌の論文には、「軽度な不正咬合に関しては、マウスピース型装置を使用した矯正歯科治療はワイヤー矯正(以下、マルチブラケット)と遜色がない」と書かれています。ただし、その後には「複雑な不正咬合にはマルチブラケットを用いたほうがよい」という言葉が続きます。

マルチブラケット
マルチブラケット
マウスピース型装置
マウスピース型装置

あくまでもマウスピース型装置を使用した矯正歯科治療で治療できるのは、軽度の不正咬合に限定されるにもかかわらず、上辺の部分だけが宣伝に使用されてしまっているのが現状なのです。

では、なぜ軽微な不正咬合に限定されるのでしょうか。
マルチブラケット治療と異なり、歯と装置全体が強固につながっていないマウスピースには、歯を移動させるうえでの限界があるためです。

以下をご覧ください。

マルチブラケット治療のメカニクス

エラスティックチェーンを用いて大臼歯を近心(前方)に移動する場合

エラスティックチェーンを用いて
大臼歯を近心(前方)に移動する場合

歯槽骨からの反力により歯根の移動は遅れ、まず歯冠(歯肉の上の部分)だけが移動する

歯槽骨からの反力により歯根(しこん/歯肉に埋まっている歯の根の部分)の移動は遅れ、まず歯冠(しかん/歯肉の上の部分)だけが移動する

マルチブラケットはワイヤーとブラケットが強固に固定されているため、歯冠が移動した後、ワイヤーの弾性により、歯根が近心に移動する

マルチブラケットは
ワイヤーとブラケットが強固に固定されているため、
歯冠が移動した後、ワイヤーの弾性により、
歯根が近心に移動する

歯体移動の完了

歯体(したい)移動の完了

マウスピース型装置を使用した
矯正歯科治療のメカニクス

マウスピース型装置を用いて大臼歯を近心に移動する場合

マウスピース型装置を用いて
大臼歯を近心に移動する場合

歯槽骨からの反力により、歯根の移動は行えないうえに、上方に引く力が発生しないため、相対的に圧下(あっか/歯肉側に沈む)してしまう

歯槽骨からの反力により、歯根の移動は行えないうえに、
上方に引く力が発生しないため、
相対的に圧下(あっか/歯肉側に沈む)してしまう

両者の近心移動を比較すると……

マウスピースを用いた矯正歯科治療

マウスピース型装置を使用

大臼歯の歯根部分の移動が不足し、圧下している

マルチブラケット治療

マルチブラケット治療

大臼歯の歯根部分まで移動している

このように、マウスピース型装置を用いた治療の場合、装置が歯と強固につながっていないため、細かい歯の移動コントロールが難しいのが現実です。

矯正歯科治療には、歯を傾斜して動かす「傾斜移動」や、歯をねじる「回転」、歯を押し込む「圧下」、歯を引っ張り出す「挺出(ていしゅつ)」、歯根を動かす「トルク」といった歯の動かし方があります。

傾斜移動、トルク、挺出、圧下、回転

このうち学会誌の文献によると、「傾斜移動」と「捻転」についてはマウスピース型装置を使用した矯正歯科治療で問題なく治療できるとされていますが、歯根をしっかりと移動させる「トルク」や「挺出」、また捻転の中でも小臼歯や犬歯など円形に近い歯はマウスピースでは限界があると考えられています。

つまり、軽微な不正咬合にはマウスピースを、歯の移動が大きい複雑な不正咬合にはマルチブラケット治療を行う、あるいは治療の一部期間のみマウスピースを用いて、最終的にはマルチブラケットで仕上げるといった判断が大切で、それを行うだけの技術力と経験のある医療機関を選ぶことが最も重要となるのです。

マウスピース型装置を使用した矯正歯科治療を
安心安全に受けるための5つのPoint

最後に、マルチブラケットとマウスピースの歴史の差についても触れておきましょう。
ワイヤーを用いたマルチブラケットは今から100年以上前に、近代歯科矯正学の父とも呼ばれるエドワード・H・アングル博士によって考案され、以来、進化を続けてきました。これに対してマウスピースは、実際に臨床で使用されるようになったのは1999年。まだ30年弱の歴史しかありません。

今後は、現在起こっているような不測の事態を予防するための治療技術の確立や、治療中の状態をモニタリングする方法など、マウスピース型装置を使用した治療システムのアップデートが求められるといえるでしょう。

患者さんに知っておいてほしいこと

  1. マウスピースは”矯正装置の一つ”であり、万能な装置ではありません
  2. マウスピース型装置を使用した矯正歯科治療は、患者さん・術者の双方に有効な治療手段である一方、知識と技術の習得および経験をもった術者を受診する必要があります
  3. ネットやSNSの広告に惑わされずに、しっかりとした医療機関を選ぶ必要があります

マウスピースを用いた矯正歯科治療を安心安全に受けるためのKey Point

  • 1)マルチブラケット装置での治療も可能な診療所を選びましょう

    日本臨床歯科学会の認定医以上の資格をもっている担当医が常勤していると安心です

  • 2)契約書を交わすまでは装置の発注費などの治療費が生じないことを確認しましょう

    口約束でも治療契約が成立するため注意してください

  • 3)治療に入ることを急かす診療所には気をつけましょう

    初診相談、精密検査、コンサルテーション(治療目標と治療計画の立案)を行う中で、患者さん本人が治療を理解して治療に取り組む決心がつくまで考える時間をとることが可能であり、それから治療契約を行うという順序のある診療所を選択してください

  • 4)転医や治療中止の際の確認をしましょう

    転勤などで転医や治療を中断する際、治療の進行に合わせた治療費精算をどのような基準で行うのか、転医先の紹介などについても確認してください

  • 5)契約時には、費用や支払い方法についても確認しましょう

    万一の治療費精算のため、装置作製費用と治療の進行に基づいて発生する料金など、治療費の内訳などの説明を求め、支払い方法も検討してください

これらのことをぜひ頭に置いたうえで、安心安全な矯正歯科治療を受けてください。